ご両親様へ
長い間、お嬢様の不調に心を傷めておられると思います。過敏性腸症候群、恐らく耳にしたことがないような症状名に驚かれたのではないでしょうか。又戸惑ってしまったでしょう。嘗てはその様な病名もなかったし、その様な病気になる環境もなかったのだと思います。生産性の、それは仕事だけでなく、教育でも遊びでもあらゆる領域で要求されていますが、過大な要求についていけない人達が、身を削って、心を削ってNOを訴えている現象だと思っています。
人は身体のどこかを犠牲にして、命を守るように出来ています。多くは心臓、胃、腸でしょうか。そこにストレスを集中させて、人間全体を守るという、「良くできた生命体」だと思っています。学者ではないからそれが合っているのかどうかは分かりませんが、長い間多くの人と接してきてそんな感想を持っています。
僕は青春の落とし穴という言葉を自分で作って、過敏性腸症候群について理解しお世話しています。思春期にさしかかり、自我に目覚めた頃、周りの人の視線がとても気になり始めます。それは自分を高めるために必要なことでしょうが、それが度を超すと、ナルシシズムになってしまい、その成長の過程自身が、凶器となって自分に突き刺さってくるのです。本来は自分を高めてくれるべきものが、自分の行動を臆病にしてしまうのです。人の前で失敗は出来ない、好感度をアップしなければならない、いい人を演じなければならない、多くの友人に囲まれなければならない、知性も経済力も評価されなければならない、そんな諸々の過大な評価を勝手に背負ってしまうのですが、そんなものが青春期に手にはいるはずがありません。いきおい、そのギャップに苦しみ、人の前に出ることが、そして自然体でいることが困難になってくるのです。
過敏性腸症候群の方の一般的な苦しみは○無意識にガスが漏れている ○腹鳴が頻繁にして恥ずかしい。肛門でも鳴る ○対人恐怖症になって、外出が出来ない
○便秘になって3〜4日出ない ○お腹が張って苦しい ○午前中に何回も(4〜5回)トイレに行く。外出しようとすると便が少し出る ○座っているとガスがボコボコ発生してくる ○便意があったら、すぐ出 そうになるので電車やバスに乗れない 高速道路もトイレが無いから走れない ○えんぴつみたいな細い便しか出ない ○肛門に熱感があり不快
○残便感があり、何回もトイレに通ってしまう ○ガスが臭くて人に迷惑をかける ○ゲップが何回も出て苦しい ○午後からお腹がボコボコ動く。夜は悲劇 ○下痢・便秘を繰り返す
○仕事や授業中に後ろの人が気になり、その結果腹痛で1時間もたない ○食事の度に便意をもよおし、下痢をする ○参観日などのイベントで、必ず下痢をする ○狭い部屋や他人とのドライブが苦痛で仕方ない・・・などです。一般の方にとってはまか不思議な訴えでしょう。しかし当事者達は、これらの症状を抱えていて日常の多くの制限を受けています。
今回お嬢様に依頼された症状もこの中のかなりの部分と重なります。お嬢様は30年近くこの症状と闘っておられたのでしょう。悲しいかな命の危険は全くないという理由と治療が困難という理由で医療機関も対処の仕方を確立できていません。いきおい僕のような田舎の薬局にまで相談してくださるのでしょうが、僕がお世話するのは心と身体の両面です。そのどちらが欠けてもこの症状はなくなりません。人には一つや二つ決して越えることが出来ない壁をもっているものです。僕にもそれはありましたし今でも新たなそれをもっています。僕の漢方薬が多くの人に服用されている最大の理由は、内臓の動きを整える処方と、その「決して越えることが出来ない壁を越えやすくする」処方を作れるからだと思います。幸か不幸か、症状は違いますが嘗て同じ青春の落とし穴に落ちて30年以上苦しんだ経験が生きているのだと思います。
過敏性腸症候群自体を理解することは一般の方には難しいかもしれません。ただ一つお願いできることがあるとすると、お嬢様が苦しんでいることだけは理解してあげてくださいと言うことです。過敏性腸症候群になった方の多くは繊細すぎるだけです。僕はそれは欠点だとは思いません。その繊細さが生かされる環境や職業に出会ったときには素晴らしい能力を発揮されると思っているのです。そうした環境を見つけるのもこのトラブルから脱出出来る近道です。忌まわしい不快症状からお嬢様が早く脱出されることを祈っています。
栄町ヤマト薬局 大和彰夫
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